意志力の研究が根本から覆されようとしています……
良い習慣を継続して悪い習慣を捨てる本を実践して「自分を変える」実践記録
この連載は「自分を変える」ことを目標としている方にTwitterで注目されているようです
今日のキーワードは「意志力における脳とエネルギーの関係」について
甘いものが自己コントロールを回復させるって本当かな?
甘いものが自己コントロールを回復させる?
脳には自己コントロール筋のようなものが存在しているらしい
繰り返し自己コントロールを行うことによって脳も疲弊するという説がある
意志力を使うたびに脳の自己コントロールのシステムの活動は鈍くなっていく
マラソン中に疲れて足が止まってしまうように、脳も意志力を使い過ぎると動き続けるだけの力がなくなってしまうと考えられているんだ
意志力が弱くなるのは、脳のエネルギー不足?
マシュー・ゲイリオットの実験によると、脳と糖分の関係が見えてきた
ゲイリオット氏は、前回の記事「意志力はトレーニングで鍛えることができる」で登場したフロリダ州立大学の心理学者ロイ・バウマイスターと一緒に研究を進めていた心理学者なんだよ
脳はブドウ糖──つまり糖分をエネルギーとして動いているのは有名な話
ゲイリオット氏は「脳が疲弊する──つまり意志力が弱くなってしまうのは、単に脳がエネルギー不足になるせいでは?」と考えた
そこで被験者にエネルギー(糖分)を与えれば消耗した意志力が回復するかどうか実験したんだ
その結果、血糖値が低いと難しいテストを投げ出したり機嫌が悪くなって他人に当たり散らしたりするなど、さまざまな意志力の問題が生じることがわかった
- 1. 被験者の血糖値を測定し、さまざまな種類の自己コントロールの実験を行う
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まず研究室に人を集め、実験の前に被験者の血糖値を測定した
そのあと気が散るものを無視するタスクから感情を抑制するタスクまで、さまざまな種類の自己コントロールの実験を行った
- 2. 実験後に被験者の血糖値を測定し、次の自己コントロール実験を行う
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自己コントロールの実験の前と後には被験者の血糖値を測定し、血糖値の変化と意志力に相関関係がないか観察する
この結果、自己コントロールの実験後に血糖値の下がり方が大きい人ほど、次の自己コントロール実験の結果が悪くなることが分かった
つまり血糖値の下がり方が大きい人ほど意志力も低下していたということだ
- 3. 意志力が消耗した被験者にレモネードを飲ませ、次の自己コントロール実験を行う
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被験者を2つのグループに分け、それぞれレモネードを飲ませた
Aグループ:血糖値を回復させるため砂糖で甘くしたレモネードを与えたグループ
Bグループ:人工甘味料で甘さを補ってはいるものの、エネルギー補給にはならないレモネードもどきを与えたグループ
この結果、Aグループの被験者たちにはその後の実験で自己コントロールの向上が見られたのに対し、Bグループの被験者たちは自己コントロールが低下の一途をたどるという結果になった
血糖値が低い人の傾向
トルコのジルベ大学教授ゲイリオットも、意志力と糖の関係についての研究結果を発表している
これによると血糖値の低い人は固定観念にとらわれる傾向があり、チャリティーに寄付をしたり他人を助けたりすることがあまりないそうだ
……とまあそんな風に考えるよね
ところが実は血糖値を高くするために甘いものを食べ続けるのは非効率どころか、逆効果になるんだ
「1分の自制」の消費エネルギーはミントタブレット半分以下
自己コントロールのために脳がエネルギーを使うという理屈はわかった
しかし自己コントロールを行うあいだに正確にはどれだけのエネルギーを消耗しているのか?
その分のエネルギーを補給するためには大量の糖分をとらなければならないのか?
こうした鋭い問題を提起しはじめた科学者たちにより、意志力における脳と糖の関係の研究はさらに前進することになる
ペンシルベニア大学の心理学者、ロバート・カーズバンの主張によると、「脳が自制心を発揮するために実際に必要なエネルギーは、1分につきブレスミントの1粒のさらに半分にも満たない」という
ということは自制心を発揮したくらいで体中のエネルギーを消耗してしまうとは到底考えられない
でもゲイリオットの実験において、血糖値が低下すると意志力が衰えたのは確かだ
そして糖分を補給すると意志力が回復した
ではなぜエネルギーを消費すると意志力が衰えてしまったんだろうか
脳はエネルギーをお金のように使う
実は脳のエネルギーである糖は、そのほとんどが血液の中に入って体中を絶えず巡っている
いくらかは脳細胞に蓄えられているんだけど、そこにはつねにほんの少量のエネルギーしか蓄えられていない
だから脳が体内のエネルギーを感知するのは、血糖値の増減と直接関係しているんだ
グルコースを検出する役目の脳細胞は、利用可能なエネルギーの有無をつねに監視している
この監視役が利用できるエネルギーの量が減ったのを感知すると、「もしエネルギーが足りなくなったらどうしよう?」と脳細胞は少し不安になる
すると脳細胞はエネルギーの使用を差し止め、もっているエネルギーをすべて溜め込もうとする
そのとき最初にエネルギー消費を削減されるのは、自己コントロールをつかさどる前頭前皮質なんだそうだ
脳のエネルギー予算モデル
サウスダコタ州立大学の行動経済学者X・T・ワンと心理学者ロバート・ドボルザークの提唱する「エネルギー予算」という考え方がある
その説によると「脳はエネルギーがたくさんあるときに消費するが、エネルギーの量が減りだすと節約する」という
それを確認した実験内容は次の通り
- 1.幅広い年齢層の人たちに意志力の実験に参加してもらった
- 被験者は19歳から51際の幅広い年齢層にわたる65名の成人で、彼らを実験室に招いて意志力の実験を行った
- 2.次の実験の前に血糖値を測定する
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次の実験では、先の実験の報酬として2つのパターンを選ばせるんだけど、その前に血糖値を測定しておいて各人のベースラインを見極めた
これにより血糖値の高い人ほど意志力が高い傾向にあるのか、それとも血糖値の高さと意志力は無関係なのかが観察できる
血糖値を測定したあと、被験者にこのように告げる
「実験参加の報酬として、翌日すぐに120ドルもらうか、1カ月後に450ドルもらうか、どちらかを選ぶことができます」
この一連の実験では、このような選択を迫る実験をいくつか行うんだけど、片方の報酬はもう片方に比べてつねに少ないかわりに、多いほうよりも早くもらえるようになっている
つまり少ない報酬をすぐにゲットしようとするか、報酬のゲットを少し先延ばしにして多くゲットしようとするかを観察するんだ
冷静に考えれば少し待って多く報酬をゲットするほうが得だよね──つまり報酬の獲得を先延ばしにする選択ができれば意志力が発揮されているってことだ
- 3.砂糖入りのソーダまたはダイエットソーダを与える
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第1回の選択を行ったあと、参加者にはふつうの砂糖入りソーダか、カロリーゼロのダイエットソーダが与えられた
これはゲイリオットの実験で砂糖入りレモネードと人口甘味料のレモネードもどきを使ったのと同じだね
- 4.ふたたび血糖値を測定し、2回目の選択をするよう指示
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ふつうのソーダを飲んだ参加者には血糖値の急上昇がみられ、目先の報酬を我慢してより多くの報酬を手に入れようとする傾向が見られた
いっぽうダイエットソーダを飲んだ参加者の血糖値は下がっていて、少ない額でもすぐに手に入る報酬を望む傾向が見られた
どうやら最初の血糖値の高さと意志力の強さには関係がなかったみたいだけど、血糖値が上がると意志力が強くなり下がると意志力が衰えるようだ
腹が減っていると危険を冒してしまう
エネルギー予算モデルを提唱したX・T・ワンとロバート・ドボルザークによると、現代人の脳はいまだに血糖値によって食べ物が手に入りそうにないか、あるいはたくさん手に入りそうかを判断しているそうだ
血糖値が下がってくると、飢えたりしないように脳は危険をかえりみない衝動的な状態に切り替わる
血糖値が急降下すると空腹を感じるのは現代人も同じなので、空腹のときには危険を冒す傾向があるということだ
リスクの高い投資に手を出したり、パートナー拡大戦略に積極的になったりしてしまうらしい
ちなみにパートナー拡大戦略というのは、進化心理学者が浮気のことを言うときに使う言葉らしい
意志力と糖の関係は絶対値ではなく変化の方向性だった
いったんここまでの流れを整理しよう
マシュー・ゲイリオットの実験で、血糖値が下がると意志力が下がる相関関係が見られた
X・T・ワンとロバート・ドボルザークの「エネルギー予算」モデルを確認した実験では、意志力の強さに関係があるのは血糖値の絶対値ではなく、血糖値の変化の方向性だったことが確認された
つまり脳は利用できるエネルギーが増えているのか、それとも減っているのかを考えたうえでエネルギーを使うか蓄えるかを決めて戦略的な選択を行うってことだ
ところでこの本は2012年に初版が発行されたんだけど、今はそれから6年も経っている
この間に意志力に関する新説が持ち上がってきているので、この本には書いてないことだけど、その新説についても紹介しておこうと思う
意志力の回復はプラセボ?
プラセボといって人間はときどき有効成分を含まない薬などで実際に回復してしまうことがある
意志力にまつわる30年の誤解を解くという記事が分かりやすいんだけど、前回の記事「意志力はトレーニングで鍛えることができる」に出てきたロイ・バウマイスターの研究を基盤とする脳と糖の関係が覆えされつつある
つまりここまで説明してきた内容が全部いっぺんにひっくり返りそうなんだ
脳のエネルギー消費は自己コントロールに関わらずほぼ一定だし、レモネードで糖分を補給してもすぐに血流に乗るわけじゃないというのがその根拠だそうだ
スタンフォード大学の心理学者キャロル・ドゥエックらの研究によると、「意志力が有限の資源」だと信じた被験者でのみ意志力が有限であるという兆候が見られたらしい
バウマイスターの研究結果を再現できた研究チームがまだ表れないこともあり、都合の悪いデータを隠した出版バイアスであった可能性まで指摘されている
つまり意志力がエネルギーに応じて増えたり減ったりするというのがそもそも間違いという説が支持を集めてきているんだ
ゲイリオットの実験では人口甘味料を与えられたグループは意志力が低下し続けたので、甘さを感じたことによるプラセボという線は考えにくい
かといって意志力において脳と糖の関係は、相関関係が観察されただけで因果関係が証明されたわけじゃない
今のところこういったややこしい状態がこんがらがっていて科学者同士でも議論が続いている
とはいえ中途半端に新説を考慮すると話がややこしくなるので、この連載ではいったん新説のことは横に置いておこう
いずれ科学者たちの議論に決着がついたら改めて紹介することになると思う
意志力の実験:お菓子の代わりにナッツを食べる
科学的な研究や理論にもとづいて自己コントロールを強化するための実践的な戦略、意志力の実験
今回は低血糖食について
新説を考慮しないで考えた場合、非常時に糖分をとれば一時的に意志力はアップするということになる
だからといってやたら糖分を摂取するのは、糖尿病の心配だけじゃなく自己コントロールのための戦略としてもよろしくないんだ
ストレスの多い時期にはお手軽な加工食品──とりわけ脂肪分と糖分が高くてハッピーな気分になれる食べ物に手を出しがちだよね
でもそんなことをしているうちに、やがて自己コントロールがまったく利かなくなるそうなんだ
血糖値が急に上がったり下がったりすると体と脳が糖分をきちんと消費できなくなります
血糖値が高いにもかかわらず、エネルギーが低い状態になってしまうのです
もっとよい方法としては、体に持久性のあるエネルギーを与えてくれるような食べ物を摂取することです
多くの心理学者や栄養士が推奨しているのは「低血糖食」すなわち血糖値を一定に保つための食事です
低血糖食品とは、脂肪分の少ないタンパク質、ナッツ類、豆腐、食物繊維の豊富な穀類やシリアル、そしてほとんどの果物や野菜など
基本的には素材のそのままの状態が保たれていて、糖分や脂肪や化学物質などの大量の添加物が入っていない食品です
脂たっぷりの肉を食べたいし、大量の化学物質で味付けされたラーメンも食べたい
小腹が減ったらうまい棒で手っ取り早くしのぎたい
でもちょっとした工夫をすることで改善することができるんじゃないかな
肉は食べるけど脂身が少ないものにするとか、小腹が減って手っ取り早く空腹を紛らわすのはうまい棒じゃなくてナッツ類にするとかね
まとめ:意志力と糖には相関関係が見られるけどまだ研究の途中
ロイ・バウマイスターと一緒に研究していたマシュー・ゲイリオットの実験で、血糖値が下がると意志力が下がる相関関係が見られた
X・T・ワンとロバート・ドボルザークの「エネルギー予算」モデルを確認した実験では、意志力の強さに関係があるのは血糖値の絶対値ではなく、血糖値の変化の方向性だったことが確認された
しかし最近バウマイスターの研究結果による意志力がエネルギーに伴って増減するという説が覆えされつつあり、意志力に関する脳とエネルギーの研究はまだ決着していない状態ということも考慮しておく必要がある
次回予告:意志力を鍛えるトレーニング方法
今回で第2章の内容は終わり
次回は意志力を鍛えるトレーニング方法を紹介するよ
研究によって実際に意志力の強化が観察されたトレーニングを身につけよう
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